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川をたどるシリーズ ~浅水川サイクリング~
2016年 09月 06日 *
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8月はなにかと忙しくて(そして暑すぎて)あまり自転車に乗れなかった。
ようやく秋の訪れを感じる9月4日、久々のサイクリングへでかけた。
フリーな時間は午前中だけなので、私の生活圏内を流れる「浅水川(あそうずがわ)」をたどってみる。

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浅水川は、日野山に連なる「岩谷山」付近に源を発する、「日野川」の支流だ。
越前市の「味真野地区」から「三里山」の西側を北に流れ、「橋立山」麓の徳尾町から鳥羽町にかけて流れを西に変える。
そのまま鯖江市の北部付近を流れ、福井市「三尾野町」で「日野川」に合流する。
流路延長は約24km、丹南地区を代表する河川の一つだ。

鯖江市西番町にある母方の実家の真後ろを流れ、同市杉本町にある現在の職場も川からほど近い。
個人的には「鯖江市の川」といえば、この「浅水川」を思い浮かべるほど身近な川だ。

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左上:五皇神社前 右上:県道からの川 下:未舗装路の河岸

6:00自宅を出発。
爽やかな空気の中、「越前市 文室町」へ向かう。
さらに山中に道は続いているが、「五皇神社」前をスタート地点に設定。【地図】
今登ってきたばかりの「県道197号線」を再び下ってゆく。

途中、河岸の未舗装路を交えながら北上していく。
この付近はかなり荒れた路面で、ロードバイクで走るのはちょっと厳しい。【地図】
古い橋があったので、たまらず県道に逃げる。
序盤からなかなかにアドベンチャー気分を盛り上げてくれた。

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左上:万葉大橋 右上:旧水無瀬川橋 左下:鞍谷橋 右下:鞍谷橋の橋名板

川は「県道201号線」にぶつかり、「万葉大橋」の下をくぐる。【地図】
橋名板には「文室川(ふむろがわ)」とあり、まだ浅水川の文字は無い。

右岸の舗装された小径を走る。
「水無瀬川橋(みなせかわはし)」の横には旧橋が残されていた。【地図】
ちなみに「水無瀬川」は「文室川」の別名だ。

「東運動公園」の横を抜け、対岸に渡り「真柄町」内の「県道194」を走る。
「県道262」を「鞍谷橋」まで戻る。【地図】
この橋には「鞍谷川」と書いてあるが、これは間違いではないだろうか?
(鞍谷川は旧今立町内を流れる川だが?)

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左上:南越線の鉄橋 右上:武生東高校付近 左下:北町橋から下流方面 右下:北町橋から上流方面

「鞍谷橋」から左岸を走る。
最近舗装されたようで、まだ新しい路面だ。
昭和56年に廃止された「福井鉄道南越線」の鉄橋が残る。【地図】
そのまま河岸を進むが、「武生東高校」付近は未舗装区間が多い。

「県道2号線」と交わる「北町橋」でようやく「浅水川」の名前を見ることができた。【地図】

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左上:浅水川と日野山 右上:未舗装の河岸 左下:蔓草に覆われそうな舗装路 右下:石切橋から日野山を望む

川は「三里山」の西側を流れ、越前市から鯖江市へと市境を越えてゆく。
この付近からは川幅も広くなり、堤防上の路面状態も良くなってくる。
一部に未舗装区間を残すが、フラットなダートで走りやすい。

下新庄町の信号交差点から、郵便局の三叉路までは、川と平行している「R417」を利用。
「出口橋」から再び堤防上の道を進む。【地図】

この先は基本的に舗装整備された堤防上の道だ。(一部蔓草に覆われそうな区間はあったが・・・)
普段からよく利用している区間なので、一気に「鞍谷川」との合流地点の「石切橋」まで進む。【地図】

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北鯖江SAでトイレを借り、名水「酒清水」でボトルに水を補給した。
「橋立山」の麓を巻くように「県道191」を走ってゆくと、やがて流れは西へと大きく向きを変える。

ここでちょっと「浅水川」の歴史を紐解いてみる。
この屈曲地点から日野川の合流地点までの区間、実は明治から大正時代にかけて新たに掘削された川なのだ。
九頭竜川の第二期改修工事の一環として、約6kmの新水路を整備したとのこと。
つまり私にとっての浅水川のイメージ「ばあちゃんちの裏の大きな川」は人為的に作られたものだったのだ!

新水路ってことは、元の流れはどこに?ってことになる。
どうやら徳尾町の屈曲点をそのまま北上し、現在の福井と鯖江の市境辺りを西に流れていたようだ。
その後は「城山」の山塊を東側から北側へと巻くように流れ、日野川に至っていた。
つまり、現在の「朝六ツ川」と「江端川」が本来の「浅水川」なのだ。
川の流れを人工的に変えることは珍しいことでは無いが、山一つショートカットしてしまったとは。
当時としては相当な大工事だったことは想像に難くない。

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こんな歴史を知ってしまったら、本来の「浅水川」をたどってみたくなる。
現在の「朝六ツ川」以降は、ほぼその近辺を流れていたとして、問題は平野部を横断する部分だ。
まずは地図上でアタリをつけてみよう。

ネット上にあった【昭和初期の地形図】を見てみると、もちろん新水路は完成しているが、旧水路らしき跡も描かれている。
わかりやすいようにトレースした地図は【コレ】だ(破線部は想像)。
そのラインを現在の地図に当てはめてみると…。【コレ】

地図の精度が違うので誤差は大きいと思うが、見事に市境付近を流れている。
そもそも、かつての浅水川の流れで行政区画を分けたのだろう。
これをみると「徳尾町」が福井市なのも理解できるし、「末広町」付近の「県道191」の不思議な線形もなるほどと思える。
そして現在の市境に、まっすぐになってしまってはいるが水路が描かれている。
これがかつての浅水川の名残なのでは??

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左上:徳尾橋からSABAEの看板 右上:屈曲点の下流方面 左下:水路高速側 右下:水路鉄道側

さて、サイクリング中の現地にもどろう。
「県道191」と「北陸自動車道&北陸本線」の間には水田が広がり、かつての川の面影は全くない。
ちょうど中間付近の農道を北上していくと、目的の市境の水路にぶつかった。【地図】
川幅2mにも満たないような、ありふれた細い水路だ。

水路脇の農道を西に進むと、水路は「北陸自動車道」の下へと流れてゆく。【地図】
農道は途切れているので、一本南側の「鳥羽町」へと続く道路を利用して高速道路の下をくぐる。
実はこの道、渋滞を避けるために時折使う通勤路だったりする。

車では幾度と無く通っているガード下だが、自転車で通るのは初めてだ。
高速道路のと平行して走る「北陸本線」下をくぐる途中【こんなプレート】を発見した。【地図】
この橋梁の名前は「第二浅水川(ダイニアサミズガワ)」と書いてあるのだ。
現行の流れから随分離れた場所に「浅水川」の名前がつけられた橋梁があるのが興味深い。
それも読みは「アソウズガワ」ではなく「アサミズガワ」だ。
ちなみに後日、両隣の橋梁を調べにいったが、プレートに記された名は「浅水川」とは関係が無かった。

鳥羽町内を抜け、水路の反対側を見にゆくが、特に特徴の無いコンクリートの橋で何も発見できなかった。【地図】

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左上:水路下流方面を望む 右上:福武線の鉄橋 左下:県道191から日野山を望む 右下:黒津川と朝六ツ川の合流地点

「県道191」で「R8」を横切り、「森行町」に入ってから再び水路脇の農道を進む。
西に進んでいた水路は「福鉄福武線」にぶつかり、一瞬線路と平行に流れ、線路の下をくぐっていた。【地図】
この水路を渡る鉄橋だが、2mに満たない水路幅に対しては異様に長く見える。
ひょっとして、かつての川幅に対応した長さなのままなのだろうか?
旧地形図を見ても、旧浅水川はこの辺りで線路下をくぐっているようにも思えるし。

日通の横を通り、「フェニックス通り」に出る。
100mほど鯖江側に戻ると、鳥羽町方面から北上してきた水路との合流地点がある。【地図】
この水路は、新浅水川によって途切れてしまった「黒津川」の名残だろうか?

昨年「ねじりまんぽ」を探しに行った際、鉄道付近には古い遺構が残されていることを知った。
この近辺でも、明治29年には「北陸本線」が、大正14年には「福武線」がすでに開通している。
上記の第二期改修工事は明治43年~大正13年なので、少なくとも北陸本線は旧浅水川の上を走っていただろう。

河川の様相はすっかり消えている地域だったが、予想通り鉄道付近にかすかに面影を感じることができた。
特に裏付けも無い勝手な推測だが、個人的には十分満足の結果だ。

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左上:朝六つ橋 右上:浮き輪のある堤防 左下:朝六ツ川の石碑 右下:江端川と朝六ツ川の合流地点

交通量の多い「フェニックス通り」を避けて「旧北陸道」を進む。
水路は、「フェニックス通り」と「旧北陸道」の中間付近を流れているので目視できない。

「浅水宿」に入ると、流れは「旧北陸道」の下を通り、そこにかかる橋が「朝六つ橋」だ。
「浅水川」と「朝六ツ川」どちらの名前の由来でもある重要な地点だろう。
流れはしばらく見ない間に、しっかり河川の様相を帯びてきた。
ここでS字状に大きく蛇行し、かつての流れを感じさせる。【地図】

「県道253」と交差する「杉谷町」近辺は、いかにも河道を修正した直線的な流れだ。
フラットダートの堤防上を走ってゆくと、いたるところに浮き輪が設置されている。
切り立った堤防のため、水難事故に備えてのことだろか。【地図】

「引目町」に入ると、「朝六ツ川」の歴史を記した石碑を発見した。【地図】
新旧の河道を比較した地図が併設されていて大変興味深い。
川の流れは、やはり大きく手を入れられているようだ。

川は新興住宅地の間を流れて行き、「江端川」と合流した。【地図】

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左上:舞屋橋から江端川上流方面 右上:芝生の堤防 左下:江守橋からの水門 右下:日野川堤防からの水門

合流後は一気に川幅が広がる。
流れは西に向きを変え、ここまで振り返れば見えていた「日野山」が見えなくなった。
「舞屋橋」で右岸に渡り、堤防上を走って行く。【地図】

堤防上は、未舗装ながらフラットな芝生?の路面だ。
しかし、芝生は走行抵抗が大きく、足の負担は大きい。

堤防をのんびり走って行くと、青い「江端川水門」が見えてきた。
つまりその先は「日野川」ということだ。

「江端川」の堤防は、水門近くで侵入禁止となっていたので、「下江守町」から回りこんで「日野川」の堤防上に上がった。【地図】
「かつての浅水川」をたどるサイクリングは、ここでゴールとなる。
魔法瓶に詰めてきたアイスコーヒーを飲みながら一息入れた。

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左上:江端川堤防からの水門 右上:日野川堤防上の砂利道 下:現在の浅水川

さて、仕上げに「現在の浅水川」沿いを走って帰路につこう。
「江端川水門」直前の橋を渡り、そのまま日野川右岸の堤防上を走る。
舗装された走りやすい道だが、近づく台風12号の影響か向かい風が厳しい。

堤防上の道は、南居町の工業団地付近で一般道に合流する。【地図】
しばらくそのまま走ると、先日の「天王川」のゴール地点の「清水山橋」だ。【地図】
「現在の浅水川」の合流地点もここから見ることができる。
この間までは、どうしてこのポイントでいろんな川が合流してるのだろう思っていたけど、それは人為的なものだったのだ。
この「浅水川」と「日野川」の合流部にも約1kmに渡る「背割堤」が築かれている。

「県道32」の曲がり角から再び堤防上に入りたかったが、ヤブがひどくてとても侵入は無理そうだ。【地図】
一旦川から離れ、気比神社を越えた辺りから再び堤防上に上がる。【地図】
「乙千代丸神社」付近まで、砂利の未舗装路が続いていた。【地図】

そのまま川沿の道を走り、徳尾町の屈曲点付近を通過し家路についた。
終盤、時間が押していたのと、あまりに暑くて駆け足になってしまったのが悔やまれる。
本当は余韻に浸りながら「新浅水川」沿いを流したかったのだが。



身近すぎるエリアだったが、十分に満足できるサイクリングとなった。
体を動かしただけでなく、知的好奇心も満たせたのが満足感の理由だろう。
そして想像以上に未舗装区間が多く、ダート走行も大いに楽しめた。
春から軽いダートも走れる仕様にロードバイクをイジってきたのが上手くハマってきたと思う。
福井の川をたどるサイクリング、しばらく楽しめそうだ。
by daisuke_youmei | 2016-09-06 12:11 | 自転車 | Comments(2) *
Commented by YAMA at 2016-09-08 18:23 x
浅水川を辿るプチ旅行ですね!
私も昔の流れがどうなっていたのか
気になっていました。

それにしても大作レポですね。サイクリングより、
記事作りに時間がかかったのでは?(笑)
お疲れさまでした!
Commented by ヨウメイ at 2016-09-08 20:25 x
>YAMAさん
読んで頂いてありがとうございます!
ウチの嫁さんは途中で読むのを放棄したらしいです(笑)
自転車より確かに記事の方がエネルギーを使いました~。

YAMAさんにとっては私以上に身近な川ですよね。
新浅水川が掘られる前はあそこはどうなっていたか気になります!
タイムマシンで見に行きたい(笑)
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The Original by Sun&Moon
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